「一億総活躍」のマトは長寿社会づくり

20年前の1995年、阪神大震災とサリン事件のあった年の11月、村山内閣は、「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)の形成をめざすとする「高齢社会対策基本法」を制定した。本来なら20年の節目に当たって、経緯をふりかえり、成果を確かめ、将来を見据え直す行事が政府筋からあっていいはずだが、その気配は見られない。

折りしも10月7日の内閣改造で、安倍総理は「一億総活躍」をとなえて担当大臣を登場させた。女性と若者の「成長力」に期待してきたアベノミクスの先行きを懸念して言い出したとされるが、しかし残念ながらオールジャパン経済社会にするために高齢者に参加を呼びかけることはないようだ。なぜといって総理にも加藤担当大臣にも、各地各界で地道に活動している「支え手の高齢者」の姿が見えていないからだ。目標とする「新・三本の矢」も方向がばらばらで「無的放矢」といわざるをえない。

まず①「GDP600兆円」は、高齢者が保っている技術や知識や資産を活かした「優良国産・地産品」によるエイジノミクス(高齢化経済)により、②「出生率1.8」は祖父母世代の支援による子育て環境づくりで、そして③「介護離職ゼロ」は当事者である高齢者の「助け合い」による敬老介護があってそれぞれ可能となる。

だからマトはひとつ。高齢者層の参加による「日本長寿社会」(世界が期待する先行モデル)づくりである。「成長力(青少年)+成熟力(中年)」に「円熟力(高年)」を加えた三世代力で支え合って創り出す「平成長寿社会」が日本史上に新たな「一億総活躍社会」なのである。一つひとつは水玉模様のように小さくとも、だれもが安心して生涯をすごせる「地域生活圏」構想を掲げて、高齢者みずからが存在感を示すこと。これから20年、お互いの「人生90年」の日々を、連携して「一億総活躍長寿社会」を創り出す歴史的事業に重ねること。自らの足元からしか将来は見えてこない。

堀内正範

 

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